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帰省の折、2008.08.16-に立ち寄った(新潟県)見附市の物産展示場で、見附市内の埋蔵文化財報告のコーナーがありました。もともとは地元系列のスーパーがあったのですが、閉店後、見附市の地元産物などを売ったりしています。貸スペースみたいなところもあるのかもしれません。そんなコーナーの一つでの開催でした。他には見附市の昔の写真なども展示されていました。 そのパンフレットです。裏表に印刷された4枚で、結構充実しています。 展示されていたのは、「新潟館跡」と「八幡遺跡」。前者は中世を中心にした遺跡で、三浦半島の名族・三浦氏の末裔が住んでいたという伝承があるようです。後者は古代遺跡のようです。発掘品は土器の復元品と写真、コメントなどですが、展示はなかなか充実していました。 城に興味のある私としては、新潟館跡の遺構に非常に興味を覚えました。一部の発掘ですが、中世の館のイメージがわく調査報告です。発掘品もさることながら、調査報告と地図を合わせてみると、一層そう思いました。 天守閣も石垣もない時代です。堀はあったにしても、屋敷を囲む程度だったことでしょう。新潟館も旧河道に近く、そこから水を引いた堀で屋敷を囲んでいたのでしょうね。中世は、あちこちに、このような屋敷が散在していたのでしょうね、きっと。 お城なんてない時代の原風景です。 このような地道な調査報告は、なかなか表面に出ませんが、案外大切なものだと思います。もう少しパンフレットの記載が充実していればなあ、と思いました。 平成の大合併で、見附市は長岡市と合併する道を選びませんでした。その善し悪しは何十年か後に判断されるでしょう。 それはともかく、 大きすぎる行政区画だけによる表現は、私にとっては、少し混乱を招きます。慣れもあるでしょうが、合併した行政区画の表記だけでは、十分に位置を特定できないからでしょう。もっとも、それはすでに昭和の大合併からあったのかもしれませんが、より一層ひどくなりました。 その点、新潟県の地元誌は、今でも**市##と表記していて、私にはありがたかったかな。石川県の地元誌にも同様の配慮を希望した投稿をした私ですが、無視されてしまっています。そして、当初はそのような記載もあった石川の地元誌ですが、今では、あまり表現されることがなくなりました。 新しい行政区画での「住民の一体感を養う」とかいう配慮もあるのかもしれませんが、私は、正確さを表現すべき報道においては、そんなことは二の次のことなのであって、もう少し細かい表現があってもいいのかなと、思います。 さて、 来年の大河ドラマの主人公が「直江兼継」ということで、新潟、なかでも長岡、その一部になった与板は、早一色って感じで、Tシャツなどなどが売り出されています。たぶん、米沢や会津若松もそうなのでしょうが・・・。 数年前の金沢を思い起こしました。 |
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