「捏造された慶長遣欧使節記」(大泉光一著 雄山閣)を読みました。(再)

再掲出にあたっての追記)
本書ではニセモノとされている支倉常長の絵が、UNESCOだかの記録遺産に政府から推薦されたそうなので、再掲出します。
本書の著者は怒り心頭でしょう、たぶん。本書を読んで一定の理解をした私も、きちんと再調査すべきではないかなって思いますが、再調査したのでしょうか・・・。


 (2008.07.24-)

 「捏造された慶長遣欧使節記」(大泉光一著 雄山閣)を読みました。副題に「間違いだらけの支倉常長論争」とあります。
 歴史では有名な使節団ですが、今までの私の認識は「遅れてきた戦国大名・伊達正宗」が着々と政権世襲を確実にしていく徳川秀忠(そう、家康というよりは秀忠でしょう・・・)に対抗して、なんとか派遣したものの、使節団が帰ってきた頃には完全に封じ込められていてしまい、せっかくの使節団を闇に消し去らざるをえなかった・・・というものです。
 さて、捏造された内容が何なのか、興味を覚えて、図書館で借りました。

 序章とあとがきに本の趣旨が述べられています。それによれば、目的は二つ。

 1)田中英道氏(東北大学名誉教授、新しい歴史教科書をつくる会元会長)による支倉常長氏関連の研究者などへの批判に対しての反論。
 2)国宝「支倉常長半身像」が贋作の可能性があることを指摘し、科学的な調査をいれるべきだという主張

 ちなみに、著者は元日本大学国際関係学部教授で現在は青森中央学院大学教授のようです。青森中央学院大学は学校法人青森田中学園の経営みたいですから、福原愛氏で有名になった(?)青森田中高校と関係あるのかな?

 本書の大部分は1)について、なります。2)については、最後に少し(?)触れられています。

 本題に入る前に、田中英道氏が元会長だったという「新しい歴史教科書をつくる会」について、私の感じていることを書いておきます。(そのほうがいいと思うので。)
 右翼的、国家主義的なんて評価されていますが、私も、基本的にはそう思います。ただし、かなりの滑稽さと、憐みを感じつつです。お年寄りに多い「昔はよかった」的な考え方の発露なのかな、とも感じます。
自分たちが子供のころに教わった内容が敗戦によって全面否定された。それを心の底では納得いかないまま、それでも表面上は妥協して才能を発揮し、地位と名誉を得た方々が、ある年齢に達したころから、忽然と自分たちの子供のころ習ったことの正当性を主張しはじめた・・・そんな感じですか。
 かなり滑稽です。挫折感を長年心に秘めていたことを思うと、憐みも感じます。
 その主張、納得いかないものが多いですが・・・。自虐史観と称されてもしかたのない方々がいるのは理解できますが、彼らの過去(正確には明治中期から昭和初期のごく一時期、もしくはもっと狭くしてもいい一時期)の価値観の正当化、そこからくる当時への礼賛は度が過ぎています。
って、こんな考え方することが、彼らからすれば「自虐史観」なのでしょうね。きっと、それを正すべき立ち上がったのでしょうかな・・・・。
 最近、この会は内紛を起こして崩壊しつつあるとも聞いています。会員の方の多くがその道では一家言を持つわけですから、自然崩壊的していくのは当然なのかもしれません。
 

 さて、本題です。
 大部分を占める田中英道氏への反論ですが、いささか感情的になっているように感じます。序章では、学閥争いみたいな感じを受けるような書簡も披露されています。正直なところ、カトリックについての理解もなく、外国語の知識もないほとんどの読者は、著者の論法でいえば、この問題に対して何の意見も述べられないでしょう。なるほどね、おっしゃるとおり、の連続になってしまいます。
 基本的には著者の反論は納得のいくものです。一つ一つにきちんとした論拠を示しているからでしょうか。とはいえ、正直なところ、その根拠を一々読み継いでいくのは非常に疲れます。流し読みになってしまいました。
田中英道氏の反論は知るよしもありませんが、著者によれば、主観的な自説の正当性を主張するようなもののようです。それが事実なのかどうかを検証する術は今持ちません。
 しかし「新しい歴史教科書をつくる会」の姿勢と重ね合わせると著者の記載は納得のいくもののように思います。この本によれば、田中英道氏は「日本人を誉めよう」という考えでかなり遣欧使節を持ち上げ、支倉常長を持ちあげ、 そして、東北大学の所在している仙台を持ち上げようとしているように感じます。その反動で、異論を批判していくのも当然の帰結なのかもしれません。と、この本を読んだ限りでは感じました。
 同じように批判しているNHK「その時歴史が動いた・天下に旗をあげよ~伊達政宗・ヨーロッパにかけた夢~」は私も見た記憶があります。たしかに著者同様の疑問を感じました。まあ、これも一説だし、この手の番組は主人公を持ち上げるものですから、しかたないですかね、とは思いますが。
 それはともかくとしても、支倉常長、遣欧使節団などについて、たくさんのことを教えてくれた一冊でした。
 ただし、異論もあります。それは、支倉常長が武士道精神で生きていた人だったという一節です。さだかではありませんが、著者のいうような武士道精神は、江戸時代中期から観念化されていったのではないでしょうか。当時、今日伝わるような武士道精神がはたしてあったのかどうか、それは個人的には多いに疑問です。絶対的忠誠心によってというよりは、父の罪以上の功績を上げて所領を増やすとかいうような価値観で生きたという人のほうが、私には納得がいきます。
 「滅私奉公」ではなく「御恩と奉公」の価値観で支倉常長を評価してほしいものです。

 少し話はずれますが、
 田中英道氏ではありませんが、「新しい歴史教科書をつくる会」の有力メンバーの一人だった秀明大学・学頭(学頭なんて復古調の名称だなあ、ここでは準教授じゃなくて助教授なのかな?・・ネット検索ではわかりません・・・)だった(当時は現役だったかな?)元東大教授の西部邁氏が、テレビ番組で歴史認識を追及されて返答に窮したあげくに「歴史ってのはそんなもんじゃないんだよ、そんなもんじゃ・・・」とつぶやきつつ、どこか遠くを見る目で自分の世界に逃げ込んだ・・・少なくとも私にはそう見えたのですが・・・ことを思い出しました。この一冊を読む限りでは、田中英道氏の反論もそんなものなのかなあ、と感じています。
 これでは、少なくとも学問的な論争にはなりそうもないですね。歴史はロマンという価値観と歴史は科学だという価値観では土俵が違いすぎます。あいいれる訳ありません。

 さて、後半の国宝「支倉常長半身像」をめぐる記述です。こちらは、仙台市博物館の元館長・濱田直嗣氏との論争が中心です。
 これも正直、どちらが正しいのかは判断つきません。あたりまえですが。
ただし、著者の根拠に連続した論理性があるのは確かのように思えます。濱田直嗣氏の反論は今のところ知りえませんが、これだけの事実があるのであれば、文化庁もきちんと科学調査のメスを入れていいのではないか、と思います。結果、本物という断定はできないとしても、少なくとも偽物だというはわかるでしょうからね。
 もし、そうなれば、きちんとその絵画に対する指定を取り消せばいいのです。昔の加藤唐九郎の壷のようにね。
 過ちは誰にでもありえます。それを正すことは恥ずかしいことではありません。
 
 本を手にした時に思ったことと、読後の思いがかなり違いましたが、いろいろと興味深い事実を提供してくれた一冊です。ただし、徳川一族の関与はともかく、遣欧使節団に対しての根本的評価が変わったようなことはありませんでした。
 でも、「新しい歴史教科書をつくる会」の元会長だけでなく、仙台への郷土愛にあふれる方々には、到底受け入れがたい一冊なのかもしれませんね。

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この記事へのコメント

2014年07月18日 11:36
右翼でも国家主義的でもないですね。「昔はよかった」ではなく、不当に貶められたものに反論しているだけでしょ。
大泉光一の説は荒唐無稽のトンデモ。誰も相手にしていない。こんなものを信じてしまってるあなたに滑稽さと憐れみを感じますよ。
箕輪伝蔵
2014年07月18日 17:16
あ さま 
コメントありがとうございます。別に全て信じているわけではないですけどね。
それと、「こんなものを信じてしまってるあなたに滑稽さと憐れみを感じますよ」は、そのままお返ししますね。
仙台大好き
2014年10月13日 13:46
仙台に住んでいます。昨年から今年にかけて慶長遣欧使節400年ということで、宮城県やスペイン各地で様々なイベントが行なわれています。私も音楽を通しての交流のお手伝いをしたのですが、その際大泉さんの著作を読みました。最初は半信半疑で読んでいたのですが、著者の冷静で丁寧な研究姿勢がわかるにつれ1冊だけと思っていたのが結局3冊も読んでしまいました。支倉常長の肖像画については、「支倉常長 慶長遣欧使節の真相ー肖像画に秘められた実像ー」(大泉光一著 雄山閣)にまとめられています。結論から言えば大泉さんの説は9割方正しいと思います。ただ、私が参加していたイベントはスペインのコリア・デル・リオからのお客様と交流するというものでしたから、大泉説は封印しました。ちなみに、そのお客様の中には、ハポン姓の方が15人ほどいらっしゃいました。遣欧使節の末裔だと信じている人たちです。
大泉説は異端視されていますが、支倉常長についてこれほど詳細に学問的に研究されまとめられた方はいないのではないでしょうか。ただ、宮城県では気狂い扱いされると思います。歴史というものはこんな風に造られていくんだなと感じました。
長々と書いてしまい申し訳ありませんでした。
箕輪伝蔵
2014年10月13日 15:23
仙台大好き さま 
貴重なコメント、ありがとうございました。先のコメントの方とは違い、実に冷静な判断のできる方だと感じました。
大泉さんの姿勢や説には疑問を抱くところもありますが、この肖像画に対する姿勢や説には学ぶべきものばあるように思いますし、その疑問をきちんとはらすことも簡単なのではないかって思っています。
伊達政宗の遣欧使節団については、その政治的野望があってのことだろうと思いますし、戻ってきた以降の状況からすれば、その政治的失望を推測もできる・・・のではないかと思う私ですが、派遣したことは事実であり、その子孫がいたとしても不思議ではないでしょう。
それにしても、宮城県で気狂い扱いにされている現実が悲しいですね・・・お国自慢をするだけが、愛国心ではないと私は思います。
バビロン
2018年11月17日 01:04
細かい訂正なのですが、青森山田学園ではなく青森田中学園です。一文字違うだけなので私もはじめて見たときは間違ってしまいました。訂正よろしくお願いします。
箕輪伝蔵
2018年11月17日 09:09
バビロンさま
失礼いたしました。訂正いたしました。

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