NHK総合「歴史秘話ヒストリア それでも私は前を向く 女城主井伊直虎」を見ました。

 NHK総合「歴史秘話ヒストリア それでも私は前を向く 女城主井伊直虎 愛と悲劇のヒロイン」を見ました。
 録画です。私は、江戸時代以前は女性にも相続権があったと考えていますので、見てしまいました。
 MCは黒田じゃなくて渡邉あゆみアナウンサー、ヒストリアンは芸人のビビる大木。


 井伊谷の様子・・・菩提寺の龍潭寺・・・そして、そこに残された井伊家傳をベースに番組は作られていました。
 まずは(名前の記載もなしでの)娘で総領という記述、従兄弟(直親)との婚約と家老(井伊一族なのかな・・・定かではなし)の介入と、直親行方不明での出家。しかし、直親は信濃で生きていて家老の死で戻ってきたけれど、出家していたので婚姻もできず。しかも、直親は結婚し子ども(直政)が生まれたものの、暗殺されて、直虎となって・・・実は万が一の時のために男として僧侶になっていたので大丈夫で、しかし、婚姻はできずで・・・今川の圧力と農民の制御に悩みつつ、徳政令を発布するしないで、うまく圧力をかわしたものの・・・結局、井伊谷は奪われてしまい、龍潭寺に直政共々身をよせて・・・しかし、今川家の衰亡で、直政を徳川に・・・それは直親が権現様と・・・という記述があって・・・そして、鷹狩にかこつけて名乗りをあげた直政は・・・って展開でした。
 その後の直虎は四神旗を直政に送ったものの、本能寺の変の直後に死に、直政は伊賀越えで殊勲をあげて孔雀の陣羽織を拝領し、徳川譜代筆頭として彦根で大藩に・・・でした。

 う~~~ん・・・正直なところ、私はどうもって感じがしました。
 紹介された内容は、基本的に「井伊家傳」によっているようですが・・・そこに記載された名前が「権現様」ですから、どう考えても江戸時代に書きこまれた内容ですよね・・・。直虎は女だったという記述はどんだけあるんだろう。家督相続をめぐる争いはあったでしょうけど、直親は逃げ出した・・・正確には追放させられたのでしょうが・・・上、高々10歳の直虎が自分の意志で出家したなんて・・・どうなんだろう。
 しかも、行方不明の直親がいきなり復帰したのに、直虎は出家のまま・・・それが出家の規則だったって言われても・・・ではないでしょうか。その直親の死で城主となったって・・・そもそも、いくら万が一と言ったところで、女が男の名前で出家していたのもどうも・・・ですよ。花押や名前で男ぶったところで、今川の使者に会わないわけにもいかないだろうし、会えばばれるだろうし・・・。
 徳政令の引き延ばしも、優柔不断の現れと見ることもできなくもないし、結局は今川に追われた・・・その後の井伊谷は誰が領有したんだろう・・・には触れられていない。徳川実記には「直政の実母」という表現があるのは無視した上に、武田支配下だった信濃の寺で生きていた・・・ということは、武田系ということですよね・・・という直親が、「(先に書いた通り、いかにもあと付けの証である)権現様と親しくなろうとしていた」とか「直政を権現様に使えさせようとしていた」なんて言葉は、どうにも信じられない。直虎だとされた「直政の実母」が鷹狩で云々の逸話はともかく・・・ですが・・・。
 ついでに書けば、直政が貰ったのは佐和山で、天下普請で作られた彦根は、その武田系を中心とする家臣団がずっと維持していて、領地が譜代最大になったのは、大坂の陣での次男・直孝の功績があってのことで、ちなみに長男は彦根を追われているんですけど・・・。
 ・・・てな、感じでして・・・とうにも本当かねぇ・・・って、出てくる大学の先生とか見ていて、感じちゃったわけでした。

 最初に書いた通り、私は、当時は女性にも一定の相続権があったと思っていますので、女城主もいただろうとは思うのですが・・・この内容だけから判断すると・・・

 直虎は相続権を持つ男子だったのだけれど、同年代の直親を含めた相続争いで敗北し、直親は逃亡し、直虎は出家させられた。その後の井伊一族の相続争いでは、武田系の直親が武田家の支援を受けて復帰したものの、直虎は出家のまま放置されてしまい・・・つまり、相続対象からは外されていた。その直親の暗殺後・・・これは武田系の当主を面白く思わない、今川系の一族の謀略なのだろうと思いますが・・・直虎は還俗して相続した。つまり、この段階で相続したということは、直虎は今川系だと見なされたってことです。でも、結局、再び武田系の巻き返しにあい、その武田系を完全に追放すべく今川系の国人領主が井伊谷に進出し、井伊一族は追放される。この動乱で、実は直虎は死んでしまった。しかし、武田系の直親夫人とその子・直政は、なんとか菩提寺に逃げ込んだ。
 実は直親夫人だった直虎が、直政の仕官先として、武田ではなく徳川を選んだのは、武田系の夫を支援してくれなかったことに起因する、武田憎しの思いが強かったからではないかとも・・・。

 後に家傳を書く時に、その直虎と直親の実母を同一視させることで、より正当な系譜・・・つまり、直政は直親の息子だが、最後に井伊谷を領有していた直虎の後継者でもある・・・を主張したのではないか・・・ってな、感じすらしちゃいました。井伊家の家臣団は武田系のそれが多かったはずですから、武田のことはもちろん、直親も悪くは書けませんしね・・・。
 こんな話も成りたつんじゃないでしょうか。
 違うかなぁ・・・。まあ、戯言ですのでね。

 戯言は戯言ですが、城主を追われる前の井伊直虎が女だったという証拠をきちんとしてほしいなぁ・・・とは思いました。



 とっても残念な内容でしたけど、直虎役の女優さん、きれいでしたね。そして、今回のヒストリアンはどうでもよかったでした・・・。



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