「本能寺の変 431年目の真実」(明智憲三郎著 文芸社文庫)を読みました。 

 「本能寺の変 431年目の真実」(明智憲三郎著 文芸社文庫)を読みました。 
 久々の読書感想文ですが・・・パートナーの実家から借りてきました。
 著者は、1947年生まれ、(たぶん、これが一番主張したいのでしょうが)明智光秀の子孫だそうで、慶応大学修士課程修了だそうです。


 「歴史捜査」だそうで、学会?では主流の人の学説を否定しつつ・・・の主張は・・・

 明智光秀は、細川藤孝の家臣から、足利義昭の家臣に昇格した。
 織田信長に帰属したのは、かなり後。
 織田信長の政権構想・・・徳川家康を殺し、重要な家臣団は遠隔地においやる・・・に反発し、徳川家康と同盟して本能寺の変をおこした。
 細川藤孝は、その仲介をした。
 豊臣秀吉は、その陰謀を知っていた。
 春日局の徴用などは、徳川家康が、このことから・・・。

・・・ってとこなの・・・かな、まな、ゆか、なみ。

 いくつかの証拠(というもの)をあげつつ・・・ではありましたが、明智光秀が細川藤孝の家臣だった可能性は多いに認めつつも、私としては、はいはいとも思えませんでした・・・その最大の理由は、著者が明智光秀の子孫と名乗るのに対してと同様の意味で、明智光秀の願いが土岐氏の復興だったのかな・・・とも思えていたからかなぁ・・・。
 本能寺の変後、徳川家康と豊臣秀吉と細川藤孝が清州で密会していたとかは・・・忍者がいないとできそうもないかなとも思いましたし。

 そうそう・・・この本でのキーマンは、細川藤孝なんですが・・・実に興味深い人なんですが・・・子孫は今も陶芸家になっていますから、誰も触れませんけどねぇ・・・。

 まあ、面白かったですけどね・・・。
 この手の本はいくつもありますし、そんな中には、自分の考えを正当化するために証拠を都合よく解釈する人が多いですから・・・ですけれど、この本は、まあ・・・ではありました。



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック